わくわくセミナー「平清盛」in 美浜

今日は、濃い玉ファンのための わくわくセミナー「平清盛」in 美浜 に行って来ました。

知多半島ですよ~。平治の乱に破れた源義朝様一行が逃れて行き着いた地。最期の地です。

玉木くんも、義朝様をやると決まってこの地を訪れたそうです。

午前中にその足跡をたどる場所を巡りました。曇っていたけど、ちょっと日に焼けた?

名鉄知多新線野間駅から乱橋、法山寺(湯殿跡)、はりつけの松、血の池、野間大坊(お墓)

なんか、よく考えると生生しい感じですよね。
そんな殺し合いをしていた時代があったとは。。。(T0T)

今はひっそりと、田んぼや畑の間に点々と存在していて、現代の人々の生活と共存してます。

最期まで生きようともがいていた義朝様に思いを馳せてきました。
すごく頑張って武士の世を作ろうとしていた人。その礎を作った人。


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野間駅を降りたらこんなのぼりが。みどころのあちこちにあります。

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まずは、乱橋から。徒歩5分くらいでしょうか。ここで、義朝の家来と長田の家来が入り乱れて戦ったといわれています。橋自体は昭和39年にできたようです。

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田園の中に石碑もあるのですぐにわかります。

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すぐ先に法山寺があります。坂道を登ると義朝様が討たれた湯殿跡があります。奥に義朝像。手前が湯殿。

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源義朝像

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ここで丸腰のところを長田忠致・景致父子に襲われ討たれました。「我に小太刀の1本でもあればむざむざ打たれはせん。」と言ったそう。

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磔の松。後年長田父子が頼朝によってはりつけにされたと言われる松。これも小高い場所にひっそりとあります。

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野間大坊に行こうとしたら、いきなりこれが。細い道路の脇にあります。

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「血の池」義朝様の首を洗った池だそう。国に異変があると赤く染まるって。本当でしょうか?


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野間大坊、大御堂寺本堂。この手前に頼朝が建てた大門があります。

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源義朝公のお墓です。訪れた人が願いを書いた木太刀を供えていきます。右手に池の禅尼のお墓。左に鎌田正清のお墓があります。

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柏屋旅館さんで「源義朝御膳」をいただきました。たべかけですいません。
奥が「おこわ」、左が源平鍋。これに護摩木が付いています。


お昼はね、お店があるかわからなかったので予約していきました。12の旅館等で食べられます。
2,000円です。

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源平鍋は豆乳の底に赤いビーズ状のゼリーが入ってるそう。温めると溶けて赤くなります。源氏から平氏へ変化したってことなんだそう(笑)混ざるとピンクですけどね。

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美浜町の観光地図と護摩木。地図は最初はお料理の下に敷いてありました。護摩木は願いを書いて義朝公のお墓にお供えする木太刀です。

お鍋、おこわ以外はお店によって多少違うみたいですが、お刺身や山菜、エビフライ、赤だしなどです。
個室でのびのびいただきました。おこわが美味しかったわ。義朝さまが手づかみで食べたって思ったら、自分は幸せなんだわ。

この日は講演会に来た人でたくさん予約が入っていたみたい。

あ~たらふく。このあと義朝様のお墓へお参りに行きました。

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美浜町は車で回るのが便利だと思いますが、縁の地だけなら歩きでも回れます。タクシーは呼ばないと流れていません。




わくわくセミナーの方はNHKの磯チーフプロデューサーの講演です。

NHKのHPに出ていた時は、遠いからどうかな~と思っていたけど、先着順だったので、いけることになりました。でも、こういう機会でもないとなかなか義朝様ゆかりの地までも来れそうに無かったので良かったです。

大河ドラマが、保元の乱後のクライマックスに来ているこの時期にセミナーをやることにしたのは、だいたいわかっていたからでしょう?

そして、美浜だから清盛と義朝の関係を中心にお話してくれました。
磯Pが壇上に登るかと思ったら、すぐ下に下りてきて、スライドをステージのモニターに映すのを操作しながらお話してくれました。

気づいたらなんか目の前にいるんですけど!

玉木くんが扮した義朝様の写真!!大きく出ました。カッコイイ

磯さんとの出会いは朝の連続小説「こころ」の時。「+act」にも書いてあったけど、主役の中越典子さんの相手役の男の子を探していたけれど、いい人が思いつかなくて、当時スタッフでいたアルバイトの方が玉木くんのファンだったので、オーディションのためにNHKに呼んだんですって。

一応オーディションなのにハーパンにサンダルみたいにすごくラフな格好で来て、自分の思ったことを率直に物怖じせずに話す姿が印象的だったって。それで決めたって。こういうのもオーディションなんですね。

事務所の人には、アルバイトをやめたら食べていけないかもしれないけど、決まったら必ず行かせますといわれたって。キャー

その後も大河(功名が辻、篤姫)に出ているので、何度か挨拶は交わしていたそうです。今回清盛のライバルということで、次にキャスティングが決まったそうです。もう玉木くんしかいないと。

この役を任せられるほど信じられていることがとても嬉しかったです。

そこで出た写真が、花火師役の匠くんと、何故か「トップキャスター」の時のカニちゃんと中越さんの並んだ写真。これはー、よく覚えていませんが、中越さんがゲストで出られてたんですよね。

ここで、やっぱりちょいと気になってるのは、この頃玉木くんはすでに東京に出てきてましたよね。
確かにアルバイト生活だったけど。確かに洋服のデザインとかもしていた頃なのかなぁ。

ってことで、多分思い違いのようですけど、玉木くんをそんな初期の頃から知ってる方です。

「こころ」の時は阿部サダヲさんと恋のライバルで勝ったけど、大河では逆に信西に「お父さんの首を切れ」といわれたり、そんなことも少し意識したって。

愛知県という土地
磯さんは名古屋放送局勤務が長かったので、愛知県自体が近しい感じがすること。
あとは、日本の歴史では必ず東西の勢力が分かれているので、この辺りはそのちょうど西と東の境界に辺っている。
源氏は主に関東や東北で勢力を伸ばしてきたが、京に上る時の足がかりに、熱田神宮のあるこの地方はとても重要だった。義朝が熱田神宮の由良姫と結婚したのは偶然ではない、と。

ちょっぴり政略結婚的意味合いも感じつつ、でも今回の大河ではこのふたりの絡みは少しラブリーに描かれてますよね。ま、今はちょっと違うけど。


源平三代記
最近やってない時代の大河ドラマにすることにした。3年前から構想があったそう。
ライバル同士の平氏、源氏三世代の壮大なドラマにしたくて、歴史の本をたくさん読んだそうです。

源氏と平氏のキャスティングの時にはイメージの違いに気をつけたって。
前にも言ってたな。源氏にはぱきっとした美男子を。平氏はちょっとアットホームでなかなか感情が表に伝わらないような感じの人に。

磯さんが言われてたのは、この頃のことは書物に残っていないこともあり、何が史実かというのはわからない。
だからドラマにしやすくもある。

書物に残っていることも、複数書かれていれば、より史実として可能性が濃いということで、誰も真実は知らないのだということ。

義朝様を玉木くんがやってあの世の義朝様は嬉しいかな?ファン的には嬉しいだろうな、と思う。
だって、カッコイイも~ん


源義朝像について
主役の松山ケンイチさんの次に決めた。だいたい、主役の次に重要な人を決めるそうで、此の役は玉木くんしかいないと思っていたそうです

清盛と義朝の関係を描いたのは初めてではないか?多分そうでしょう。見たことありません。

実際清盛と義朝ふたりが会って話したかどうかはわからないけど、あったと想定してお話を作ったと。

また、平治の乱で義朝方が負けた時、息子の頼朝を清盛が殺さないで救ったのは、そこに義朝との友情があったのではないかと思う。(歴史では清盛の母・池の禅尼の言葉があったからだとされています)

多分、この辺がドラマ作りの真骨頂なんでしょうね。ドラマの面白さとでも言いましょうか。
史実だけでは、魅力のあるお話は作れませんから。

父を乗り越える
義朝は、ダメダメな父・為義を見ながら育ち、それを超えようしながら生き、頼朝は激しい性格の父を見ながら育ちながらも、国を治めるためにはどうあるべきか考えながら生きる。

そういった三世代の成長を描いたドラマ。義朝はそのきっかけになった人物。
義朝は平治の乱で負けてしまったけど、彼がいなかったら後の源氏の世は来なかった。

本当にそうですよね。
義朝様は歴史上はそんなに有名ではないけれど、彼のスピリットは頼朝に受け継がれていたわけだし、遺産って財産だけでなく目に見えないものも大きいのではないかな?

清盛はマイホームパパみたいに描かれていて、息子達を甘やかしてたので次の代に滅びたけど、
源氏は親子仲が良くないのが、源氏の成功のバネになっていると。ふむふむ。

平氏は現代なら、同属企業に外から社長を迎えて活気を加える、みたいな設定になってるって。(笑)


玉木くんからのビデオメッセージ
キャー(≧▽≦) ゲストで来るとか予定あったんだろうかー?
ビデオでも嬉しい!!

22話で見られたような小具足姿でした。もうちょっと汚れてたわ。

役が決まった時に、美浜町を訪れて義朝様のゆかりの地を回ったそう。
野間大坊で買った「勝」守りをいつも肌身離さず忍ばせて演じています。って。
衣装の胸元からお守りを出して見せてくれました。

できたらこのセミナーにも行きたかったけど、何かまた機会があったら行きたいとも。
23話もとても見応えがあるので見てくださいって宣伝してました。

玉木くんは義朝というキャラを愛していたし、義朝様の足跡をたどってどういうことを思って生きていたかを考えて演じていたのだそうです。

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こちらが玉木くんが撮影中肌身離さず持っていた野間大坊の「勝守り」。
義朝様をしっかり演じなくては、と心して持っていたのでしょう。


ライバルの存在
主役の松山ケンイチさんは、リハの時と本番の時と演じ方を変えてくるそうで、それはそのときの空気を大切にしたいからってことらしいんですが、共演者にとっては本番までわからない!と思わせる人なんだそうです。

玉木くんも松山くんに会っていい意味負けたくない!っていうライバル心を思い出したって言っていました。
競べ馬もそんなふたりの気持ちがあらわれて、臨場感あるいいシーンになりました。

玉木くんの乗馬も相当上達しているんだけど、負ける演技を松ケンさんがしているんだそうです。
一生懸命走ってる演技をしながら負けないといけないわけですね・


23話のシーン#5と#9
義朝様のシーンを中心に映像を見せてもらいました。予告やダイジェストにも少しだけ出たシーンです。

・信西からお父さんの為義の首を切れと言い渡されているところ。
・髭切を庭に投げつける義朝。為義に自分の首を切れと言われています。
・斬首できなくて迷う義朝。

そんなところです。
為義、義朝父子が保元の乱、平治の乱をどんな風に乗り越えていくのかが序盤から中盤の山場だそうです。ちょうど今日の23話ですね。

平治の乱の未公開シーンもいくつか出ました。雪の中もあったなぁ。
今日の放送は涙なくしては見られないだろうな。

清盛と頼朝とか、義朝様が死んでしまってからのシーンも!

106スタジオ訪問
大河ドラマを撮っている106スタジオや進行表の写真が出ました。
いきなり、入ってすぐに喫煙所があるとか、中に玉木くんが居そう(笑)

進行表は大きな模造紙みたいなのに時間とキャスト、場面が細かく書いてあって、終わったところからマジックで消してありました。目を凝らして見ました。
10:00~26:00とかどういうシフトなんだ?でも一応休み時間やセットを代える時間も入っていて、この管理だけでも相当大変そう。

スタジオは合戦のシーンと船の模型のセット。

合戦シーンもコーンスターチをたかないとこんなにクリアーとか(笑)
でもデジタル放送だと、スタジオじゃ余計なものも見えてしまってダメなんですって。
わざとぼかしてるんだ。コーンスターチ係りの人の正体も。

船のシーンは笑えました。
揺れているのを役者の方が演技で表現していたり、波しぶきはスタッフがバケツでかけているんだとか。
この辺は原始的!「宇宙兄弟」も確かそんなこと言ってたよね。

放送ではちゃんと船が海で揺れているように見えると。
しかし、船にこだわるんだな、この大河。


最後に参加者からの質問。
義朝様の最期について、お風呂で亡くなったと聞くが、ストーリーブックでは違う描かれかたをしていた。どう考えてこうしたのか?

磯さんによると、ストーリーブックとも少し違っているそう。
最後まで義朝は生きようとしていた。そういう終わり方になっているはず。

とても難しいやくどころ。玉木くん、どんな風に演じているのかな?
23話以降じっくりみさせていただきます。

演出家の方が3人いるが、得意不得意分野で使い分けているのか?
大河ドラマほどになるとひとりではできないので、順々に回している。
時にはこの回はこの人にと言うときもあるが、反対にこの人にこれをやらせるか、というようにわざと外しにかかることもあるって。

編集作業をしている間は現場が見れないから、3人もいるんですね。
確かに、そういわれて見ると、3人の方々はちょっとずつテイストが違うんです。
そういうのがわかってくるともう濃いファンです。

最近講演会ですごく細かいことを聞かれると磯さんは唸ってました。

もうひとつ、流されなかったシーンはどうなるのか?カットされたけどこれまでに印象的だったのは?
たま子と得子が牛車に乗るときにバッティングしてしまうシーン。結局得子が先に乗ることになり、たま子は自分の時代は終わったと実感する。っていうところですって。何話でしょうね。

カットされたお宝シーンをDVDに入れてくださいとお願いされてました。
うんうん、私達皆頷いてました!!よろしくお願いします。


長くなってしまいました。読んでいただいてありがとうございます。


義朝様の衣装も出されるんだって!
神戸新聞|神戸|清盛ドラマ館がリニューアル 衣装着て記念撮影も


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